
ニーチェの言葉――
「怪物と戦う者は、自らが怪物と化さぬよう気をつけねばならぬ」「深淵をのぞき込むとき、深淵もまた、コチラをのぞき込んでいる」
この哲学を軸に、児童生徒の「アイデンティティの乖離」について考えてみましょう。
■ 1.「ならってきた理想」と「現実社会」との乖離
子どもたちは小さな頃から、「正義」「優しさ」「努力すれば報われる」といった理想を、学校や家庭、物語やメディアを通して学びます。
これは「ならってきた理想」と呼べるもので、自分の「アイデンティティ(自己像・在りたい自分)」の土台になります。
ですが、現実社会では「こういった理想」が報われない事も多いものです。
●誠実なのに嘘をつく人が評価される。
●努力しても報われず、効率や結果が重視される。
●正義を貫くと「空気が読めない」「浮く」と評価される。
こうして、「自分はこう生きたい」と思って育った子どもたちが、現実とのギャップ(乖離)に直面するのです。
■ 2. 「怪物と深淵by-ニーチェ」から見るアイデンティティの崩壊
「怪物」とは何か?
ここで言う「怪物」とは、理想を裏切る理不尽な現実や、それに染まり始めた自分自身の変化です。
例:
●イジメに立ち向かっていた子が、逆に孤立し、加害者になる。
●「誰かを助けたい」と思っていた子が、「どうせ無駄だ」と冷笑的になる。
最初は「怪物(不正・暴力)」と戦っていたはずが、いつしか、自分もその怪物の一部になってしまう――これがニーチェの警告です。
「深淵」とは何か?
「深淵」は、社会の暗部――人間の孤独、無力感、諦め、虚無です。
この深淵をのぞきこむ(=真剣に向き合う)時、自分の中の深淵もまた目を覚ますと言います。
●「どうせ、世界は変わらない」。
●「誰も、本当の自分をわかってくれない」。
●「信じても、裏切られる」。
こうして、子どもは理想と現実の狭間でアイデンティティを失い、心の奥の闇と向き合わざるをえなくなるのです。
■3.児童生徒にどう関わるべき?
1.「乖離」が起きるのは当然だと教える。
●「正しい事を信じたのに、辛い目にあった」。
●「自分がバカみたいに思える」。
このような感情は真剣に生きてきた証です。否定せず、理解し、共に向き合います。
2.「怪物にならない力(心)」を育てる。
●その為には、「怒り」や「痛み」の感情を安全に出せる居場所が必要。
●表現する力、他者と繋がる力、理想を再構築する力を支援。
3.「深淵を覗いた経験」は、生きる力に変えられる。
●深淵を覗いた事がある子ほど、誰かの痛みに気づける優しさを持てる。
●そこから再び「誰かの役に立ちたい」という意志が芽生える。
■最後に
現代の児童生徒たちは、まさに「ニーチェの深淵」と向き合う世代といえます。
理想と現実のズレは、魂を揺るがすような体験であり、そこに寄り添う事が、私たちの「真価」でもあります。
理想を捨てず、でも現実も知り、怪物にならずに、強く優しくなる――それこそが、私たちが育てるべき力だと思います。
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