
心理学的・教育学的エビデンスからの考察
「表に見える行動」と「心の状態」は一致しない事もある?
●発達心理学の研究によれば、子どもの行動は必ずしも内面を正確に反映しない(Piaget, Vygotsky 他)。
●たとえば、「静かに座っている」「ニコニコしている」は、安心している証拠ではない → それは、「怖くて身動きが取れない」「期待に応えようと緊張している」可能性もある。
エビデンス:
●『静かな子どもほど、支援が遅れる』という傾向は、実際の教育現場の支援データ(文科省2022年度不登校白書)にも表れている。
●「トラブルのない女子児童」ほど、最も支援から遠い位置に置かれている。
指導員や大人の「思い込みフィルター」
●心理学では、人間の認知には「確証バイアス(confirmation bias)」が存在する。
●指導員や親は、「この子は大丈夫そう」「元気そう」という自分の期待や先入観に沿った情報だけを拾いがち。
エビデンス:
●2019年の教育心理学研究にて、「教師が “優等生” と評価する子どもの約4割が、実際には強い不安・孤独感を抱えていた。」という調査結果あり(長谷川ら, 教育臨床心理学研究 第17巻)。
哲学的視点からの解釈
フーコー:子どもは「見る側」ではなく、「見られる側」に固定されている
●フーコーは、人間社会の教育や福祉の場を、「監視と規律の空間」と位置づけた。
●子どもは常に「評価される存在」=見られる者であり、自らの内面を「見る主体」として扱われる事はほぼない。
ポイント:
「子どもが何を感じているか」ではなく、「大人にとって望ましい子どもであるか」が重視される社会。
アーレント:教育とは、世界の中で「語る事」を許す行為である
●ハンナ・アーレントは、「教育の本質は、新しい者が世界に登場し、自ら語る事にある」と述べた。
●しかし現代教育は、子どもが「語る前に測られる」システムになっている。
●「語る前にラベリングされる」子どもたちは、自らの声を封印し、心の内側を失っていく。
引用:
「語る事を許されない者は、やがて “存在しない者” となる」― ハンナ・アーレント『教育と世界』。
メルロ=ポンティ:他者の内面は「見えないが、触れられる」
●現象学の哲学者メルロ=ポンティは、「他者の内面は決して直接 “見る” 事はできないが、“身体を通じて触れる” 事ができる」と説いた。
●つまり、子どもの心を知るには、評価や観察ではなく “関係性の場” が必要だということ。
Guardian的解釈:
子どもの心に触れるには、まず「評価しない眼差し」と、「共に在る時間」が必要。
なぜ「みていない」のか
| 問題の根底 | 結果 |
|---|---|
| 「目立たない子は大丈夫」という思い込み | 本当に苦しんでいる子が支援から漏れる。 |
| 教育制度が行動主義的評価(測る)に依存した仕組み | 感情や葛藤の不可視化。「語る」事が奪われる。 |
| 子どもを “客体” として扱う構造 | 主体的な存在としての価値喪失。 |
| 近現代の二次障害的な病(やまい) | 「みる目・きく耳・感じる身体(感性)」の機能低下や欠落。 |
大人が子どもを「み」られなくなった
❶ 心の理論(Theory of Mind)の機能低下
▶定義:
他者の意図・感情・信念など、「心の中」を推測(見る・聞く・感じる)する能力。
▶現代の大人の傾向:
●社会的ストレス・多忙・情報過多によりToMの使用頻度が極端に減少 →「子どもがどう感じてるか?」を考える余裕がない。
●ルーティン化された判断やマニュアル対応により「心を読む力」が退化。
研究例:
●忙しい教師や大人ほど、児童生徒の心の変化に気づけない傾向(金子, 2016)。
●情緒的共感より、事務的処理を優先するほどToMの活動が低下(NeuroImage, 2018)。
注意資源の「認知的奪取」
▶現象:
現代人は、スマホ・タスク・SNSなどの注意を引き裂く刺激にさらされ、「目の前の“人間の微細な感情変化”に注意を向ける力」が削がれている。
▶結果:
●子どもの顔色、語調、間の取り方、姿勢といった非言語的サインに気づけなくなる。
●「見る」のではなく「確認する(check)」だけになっている。
用語解説:
デジタル化した社会では、「深い注意(Deep Attention)」が「浅い注意(Hyper Attention)」に置き換わる(N. Katherine Hayles, 2007)。
「認知スキーマ」の固定化と自己投影
▶スキーマとは:
人が無意識に持つ「こういう子どもはこうであるべき」という枠組み。
▶問題点:
●大人になるにつれ、スキーマは柔軟性を失い、自分の経験を「絶対化」しやすくなる。
●結果として、「自分の子ども時代に比べればマシ」など、比較による誤認識が生まれる。
例:
●「泣いていない = 大丈夫」。「友達と遊んでいる = 問題なし」。→ これらはスキーマによる短絡的解釈であり本当の心は見えていない。
感情知性の未発達 or 落ち込み
▶定義:
他者の感情を認識し、理解し、対応する知的能力。
▶現代の大人の現実:
●管理社会・成果主義・家庭環境の余裕不足などにより、感情を扱う教育が育たなかった世代が支援者や大人になっている。
●感情は「厄介なもの」として回避され、「感情を見ない文化(空気感)」が定着している。
まとめ
| 認知的原因 | 具体的な結果 |
|---|---|
| 心の理論(ToM)の低下 | 子どもの本心に気づけない |
| 注意資源の分散 | 微細な変化を見落とす |
| 固定化したスキーマ | 子どもの個性を見誤る |
| 感情知性の欠如 | 感情に寄り添えない |

